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尾瀬のミズバショー

森川海守の部屋

 

 神奈川県鎌倉市に在住。旅行や釣り情報を伝えるとともに、プラスチックに替えて、自然に帰る商品の販売促進活動と、カトリックの普及促進活動を行っています。

​自然保護の聖地:尾瀬の燧ケ岳(ひうちがたけ)

カトリックの真実(聖人は語る)

聖人の秘跡とは

  カトリックでいうところの聖人とは何でしょうか。聖人とは、一言で言えば、亡くなった後、煉獄を経ずに天国に直行して神の御前に立てる方であると、今現在生きている地上にいる人が証明できる人である。カトリックでは、死後の世界を天国と地獄の他に煉獄があると信仰されている。地獄に行った人は永遠に地獄にあるが、煉獄は、死後すぐに天国に行けない人たちが、生前の罪の贖い(あがない)をするための場所で、幽霊はこの時のものである。手にイエス・キリストと同じ十字架の傷を受けた聖人のピオ神父のもとには、度々、煉獄の霊魂達が訪れ、天国に行けるよう祈って欲しいと訴えたという話が、まことしやかに伝えられている。これこそがまさに幽霊。ピオ神父は度々、暗闇の中、「そこにいるのは誰だ!」と叫んでいたというが、考えてみたらこわーい話ではある。(参考:「煉獄の霊魂は叫ぶ!ピオ神父、万歳」(アレッシオ・パレンテ神父著、甲斐睦興訳、近代文藝社発行

 

  この本の中の逸話を紹介しよう。時は第二次世界大戦が激しいころ。イタリアのカプチン会修道院での出来事。或る晩夕食後、修道院の門が閉ざされて長時間経ったとき、階下の入り口の廊下から、「ピオ神父万歳!(ビバ、パードレ、ピオ)」と数人が叫ぶ声が、修道士達に聞こえた。これは、煉獄の霊魂がピオ神父の祈りのお陰で、天国に行くことが決まり、ピオ神父に感謝の意を示すために修道院に来て叫んだものだが、そんなこと、知るはずもない、修道院の総長が、部下のジェラルド修道士を呼び出し、今しがた玄関に入ってきた人達に、もう遅いから修道院の外に出なさいというように命令した。修道士は、言われるまま、階下に行って門を見ると、正面のドアは2本の鉄の棒でしっかり閉じられていた。彼はこのことを総長に報告した。翌朝、総長は、ピオ神父に、この常軌を逸(いっ)した出来事の説明を求めた。ピオ神父は説明した。ピオ神父万歳と叫んだのは、神父の祈りを感謝しに来た戦死した兵士達であると。   

 もう一つ紹介したい。これはイタリアの聖ドン・ボスコというサレジオ会修道院の創設者が若いころ、神学校で仲の良い友人から、「なあ、ボスコ、本当に天国ってあるのかい?約束しようじゃないか。どちらかが先に死んだ方が、天国に行ったら、生きている方に報告しに来るというのはどうだ。」という提案を受けた。暫くして、友人は病に伏し、病床でボスコに言った。「前に約束したことを必ず実行する」と。友人が亡くなった翌晩、20人の神学生達のベッドが並ぶ部屋に寝ていたボスコは、夜中、凄まじい音を聞いた。多数の馬に引かれた馬車が寝室にやってきたという程の音で、他の神学生たちも同じ音を聞いている。凄まじい音に伴われ、亡くなった友人がボスコのベットの脇に立ち、「ボスコ、私は救われた」と大声で叫んで、去っていった。ボスコはあまりの恐怖に病気になってしまった程である。ボスコは、以来このような約束を交わすことを金輪際止めたという。20人の神学生が同じ音を聞いているから、この話も信憑性が高い。「完訳ドン・ボスコ伝」テレジオ・ボスコ著、ドン・ボスコ社発行より。この本は面白いので、読まれることを推薦する。)

 

 なくなった聖人が、いま天国にいるということを、生きている人がどうやって証明するか?

 カトリックでは、委員会を作って生前の友人や知り合いに聞き取り調査をする、手紙や著書を読み解くなどして、徹底的に調べる。少しでも疑いがあれば、疑いが晴れるまでは、調査を止める。もし神がその人を聖人の位にあげたければ、神ご自身が人間社会に働きかけるだろうとカトリックは考える。調査には、墓をあばくことも入っている。昔は土葬だったため、土の中に葬られている棺を取り出し、中の遺体を調べることまでする。墓をあばく理由は2つある。一つは、もしも墓の中で生き返った場合に(もちろん、めったにはないことだが、実際に生き返った人がいたらしい)、絶望して死んでしまうかもしれない。それでは聖人になれない。もう一つは、体が腐敗しない、ミイラ化の処置をしていないのに、体が腐らないという奇跡を起こす聖人がいるのである。現在、ミイラ化されているご遺体は、例えば、北朝鮮の初代最高指導者の金日成(キム・イルソン)や、ロシアのレーニン、特殊な防腐処理(エンバーミング)を施され、モスクワ都心の「赤の広場」のレーニン廟に安置されている。これらの方々は、防腐処理が施されている。しかし、読者が信じるか否かは分からないが、肉体が腐らない聖人たちがいる。例えば、ルルドで有名な聖ベルナデッタである。彼女は35歳で亡くなったが、聖母マリアのご出現を受けた方というだけではなく、修道院内でも聖女の誉れが高く、亡くなってから30年後、聖人の位をあげるのにふさわしいかどうかの調査の一環で、衆人環視の中、墓の中の棺の蓋を開けてみたら、生前と変らない肌も弾力のある聖女が現れ出でた。まさにこれは神の恵み。聖女のご遺体は今でも一般の人でも直接、見ることができる(フランスのヌベール市の、サン・ジルダール修道院の聖堂に、安置されている

聖ベルナデッタ
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