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あなたはUFOを信じますか?

 最近、UFO 未確認飛行物体 (Unidentified Flying Object )の話題がかまびすしい。皆さんはUFO を信じますか?

 

 一昔前のかつての少年なら、誰しもUFOを信じていたのではないだろうか。かく言う私も、若いころはUFOを信じていた。当時、公的機関がUFOのことを公けにすることはなく、好事家の間でひそひそ話のような塩梅で、口伝で広まったぐらいだった。

 だが最近では、2023年の8月、米国防総省(DoD )が、UFOとUAPに関する目撃情報を一般公開するホームページを立ち上け、米空軍などによって撮影されたUFO UAPの動画をアップするようになった、ということで、随分話題になっている。

 UFOと言わず、UAP 未確認空中現象( Unidentified aerial phenomenon )と呼称しているところが面白い。「未確認飛行物体」ではなく、「未確認空中現象」なのだ。一部に正体の知れない未確認のものもあるが、大方は航空機など既知の人工物、流星、蜃気楼などで、遠方のサーチライトや自然物(天体・雲・鳥など)の誤認だ、と報告されている。

 そもそも、「地球外生命体」が地球を訪れることは可能なのだろうか。我々が住む銀河には少なく見積もっても100個以上の居住可能な惑星があるという。しかし、その距離が問題である。地球から一番近い惑星でさえ、光の速さでいっても数十年以上かかる。常識的に考えても、地球を訪れることは不可能であろう。「未確認飛行物体」ではなく、「未確認空中現象」と言っているのは正しい。

 だが本当のところ、宇宙には我々人類と同じような知的生命体は存在しているのだろうか。かつてアメリカのドレイクという人が、私たちの銀河系の中に地球か、それ以上の文明をもった宇宙人が現在どれくらいいるのかを表す一つの式を考えた。

 「ドレイクの宇宙文明の式」と言われるもので、(文明の数)=(銀河系で毎年誕生する星の数)×(惑星系をもつ星の割合)×(そのうち生命に適する惑星の数)×(その中で生命が生まれる惑星の割合)×(文明をもつ宇宙人に進化する割合)×(文明の寿命)この式の中で、生命に適する惑星の数がいくらあっても、生命が生まれる割合は相当低いのではないか、と思う。

 最近読んだ「生物はなぜ誕生したのか: 生命の起源と進化の最新科学」 (ピーター・ウォード , ジョゼフ・カーシュヴィンク著=河出文庫) によれば、地球では、35億年前に生命が誕生してから、種の50%以上が大量絶滅した事件が5度といわず10回も起こっている、という。

 その一つが、6500万年前に起きた、いまもクレーターの跡が残るメキシコのユカタン半島に落ちた直径が15kmもある小惑星の衝突である。この衝突では、当時、地球を我が物顔に闊歩していた恐竜をすべて根絶やしにしてしまっている。全恐竜が絶滅した6500万年前、その時、人類の祖先はどこにいたのだろう。

 ネズミのような哺乳類の一つとして、自分の何十倍もある恐竜の足元で逃げ回っていた、という。人類の祖先は、小さい故に絶滅を免れたのだ。そのような全生命体の半数以上が死に絶えた事象が10度もあった、というから驚くではないか。全地球が凍結し、地球が雪の玉、全球凍結(スノーボールアース)になったことは一度や二度ではない。その度に、人類の祖先は存続し続けた。単なる偶然というべきか?

 生命が居住可能な惑星はいくつもあって、地球はその一つに過ぎない、と多くの宇宙生物学者が言う。しかし、この本の著者のピーター・ウォードは、「現在の地球にいる動物や高等植物のような複雑な生物が進化するには、様々な条件が必要になるという点は決して軽視できない。地球のような生命は多分唯一無二ではないにせよ、非常に稀である」と言っている。

 これが「レアアース仮説」で、「仮に宇宙に微生物が溢れているとしても、地球の動物のような生物を生むほどの進化が起きる条件を備え、環境の安定した時代が長く続くような惑星は間違いなく稀である」とウォードは言う。

 そしてこう続ける-ダーウィン以来、生物は長い年月をかけて徐々に、一直線的に進化してきたと思われてきた。しかし、そうではなく、生命は、メキシコ、ユカタン半島に落ちて恐竜を絶滅に追いやった小惑星のような、「たびたび恐ろしい事象に直面し、それをくぐりぬけ、最終的に今日見られる生物相に辿り着いた。試練は時に進化を大幅に加速させ、時に生物を絶滅の淵へ叩き込んだ。私たちはすべて、その嵐をかいくぐってきた生き残りである」と。

 

*宗教上からUFOを考えてみる

 カトリックでは、宇宙を創造された三位一体の神、イエス・キリストが人間になって、アダムとイブが犯した罪を償い、十字架につけられて死に、葬られ、3日目に復活されたと信じられている。宇宙に人類と同じ生命体がいたらどうなるだろうか。同じく、その星でも、その生命体での救い主となって十字架に付けられて死ぬのだろうか。

 そんなことはあり得ない。イエス・キリストが被った苦しみは並大抵での苦しみではない。新約聖書には、十字架に付けられて死ぬ前の日の木曜日の夜、園で、これから自分の身に起こる十字架上での苦しみを思って、血の汗を流されたという。

 私は断言する。180億年前のビッグバンから始まったこの宇宙は、魂を持つこの地球上の人類のためだけに造られたのだ、と。天空にあまたの星々が輝くこの宇宙は、神様が人類のために用意されたものだ、と考えるとわくわくするではないか。毎夜、天体望遠鏡で星を見る筆者の習慣は止みそうにない。

(横浜教区信徒 森川海守)=ホームページ:https://www.morikawa12.com

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