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ルルドで一人の少女が聖母のご出現を受けた

ルルドで一人の少女が聖母のご出現を受けた

読者が信じるか否かは分からないが、肉体が腐らない聖人たちがいる。例えば、ルルドで有名な聖ベルナデッタである。彼女は35歳で亡くなったが、聖母マリアのご出現を受けた方というだけではなく、修道院内でも聖女の誉れが高く、亡くなってから30年後、聖人の位をあげるのにふさわしいかどうかの調査の一環で、衆人環視の中、墓の中の棺の蓋を開けてみたら、生前と変らない肌も弾力のある聖女が現れ出でた。まさにこれは神の恵み。聖女のご遺体は今でも一般の人でも直接、見ることができる(フランスのヌベール市の、 サン・ジルダール修道院の聖堂に、安置されている )1858年フランスのルルドで、少女の聖ベルナデッタの前に聖母(丁度聖母像が安置されているところ)がご出現された。左下の列の最初には、ルルドの泉がある。病人が回復したという聖水はこの泉の水のことである。



上の写真の教会は、聖母マリアに出会ったと公言する1人の少女ベルナデッタが、主任司祭を動かし、多数の信徒を巻き込み、多数の寄付金を集めてできた。昔は寒村だったルルドは、今やパリに次ぐ大観光地、巡礼地なのだ。しかし、実際は少女以外は、誰も聖母マリアを見た者はない。ただ、1万人もの人が見る前で、手で泉を掘りあて、病人がこの水を飲めば、たちまちすくっと立ち上がる聖水となった。ただ、全員が治るわけではないが、今も治ったと報告する人は絶えないという。聖ベルナデッタは、14歳の時に聖母マリアのご出現に遭遇し、ルルドに教会を建てるようにと主任司祭にお願いするよう頼まれた。聖母のご出現は計18回に及び、ご出現の場所、ルルドには15回目の出現の時には、うわさを聞きつけて、1万5千人もの人が参列した。しかし、この期に及んでも誰一人、聖母マリア(少女は貴婦人と呼んでいたが、聖母マリアらしいといううわさはかねがねあった)を見た者はいない。ただ、ご出現された時、確かに少女が聖なるものに出会っているという荘厳な雰囲気に包まれ、ご出現されているという雰囲気を感じるだけである。そういう状態で、14歳の、高々日本で言えば、中学2年生の小童(こわっぱ)が、大人の主任司祭に、聖堂を建ててください、それが貴婦人のお望みですと言われても、ピンと来ないであろう。そもそも、貴婦人がだれなのかが不明なのだ。主任司祭は少女に言った。その貴婦人とはだれか。「あなたは誰ですか?」と聞いてみなさいと。聖堂を建てるかどうかは、それからだという訳である。貴婦人の答えは、「私は、無原罪のやどりです」とお答えになった。これは、この当時の教会の新しい教え、と言っても昔から信じられていた教えが公に正しいカトリックの教えとして、ローマのバチカンで認められたというだけであるが、1人の少女に知る由もないい。フランス語では、「イマキュレ・コンセプション」。新しい教会の専門用語である。主任司祭は、この言葉を聞いてはっと悟った。教会の新しい教えが、聖母によって認められた。そのことを知らせにこの拙い少女を通してご出現されたのではないか。確かに少女が出会っている貴婦人は、聖母マリアであると悟ったのである。無原罪のやどりとは、聖母は神様のお恵みにより、生まれた時から、人間としての罪(原罪と呼んでいる)を持たない、罪を犯したことがない、という教えである。ここにロザリオ大聖堂が日の目を見た。丁度この頃、パリから鉄道を敷こうという話しが、議会の議員の間で持ち上がっていたころである。いまやパリからルルドまで、特急TGVで乗り換えなしで行ける巡礼地、観光地となっている。ホテルの数は、パリについで多い大巡礼地なのだ。 少女は、最後のご出現の日、聖母より、あなたがいるところの地面を掘って、出てきた水を飲み、またその水で顔を洗いなさいと告げられた。少女は、立ち上がり、聖母が示された場所に行って、手で地面を掘った。そうしたらたちまち水が出てきた。これがルルドの奇跡の水で、今に至るまで、こんこんとピレネー山脈の湧き水を流し続けている(下の写真の左下が泉。右上の聖母像が置かれている所に聖母が出現され、少女が見た通りの聖母像が置かれている。)。

 









上の写真は少女が手で掘った湧き水。現在もこんこんと湧き出ている「奇跡の聖水」である。


(上の写真は泉の水を引いた水道で、誰でも無料で持ち帰ることができる「奇跡の聖水」である 。


しかし、回りにいた人たちは、少女が手で地面を掘り、出てきた泥水を飲んだものだから、みな動揺した。泥水を飲むとはと驚いたのである。しかし、巡礼者が去ったその夜、何者かが、この泉に忍び寄った者がいた。そう、もしかして、このこんこんと湧き出る水で、我が家で苦しんでいる病者の病気が治るのではないかと考えた者がいて、夜中、病人に泉の水を飲ませるために水を汲みに来たのである。これが最初の奇跡となった。こうして、うわさがうわさを呼び、評判が評判を呼んで、今でも病気が治る人がいるという。2005年に出版された「奇跡認定医が語るールルドの癒しと奇跡」日仏医学会監修、サンパウロ出版社発行)によると、2005年の時点で、7千例の奇跡の報告が医務局(奇跡を認定している機関)に寄せられ、公式には今まで、66例が奇跡としてカトリック教会で認定されているという。そう、治っただけでは、奇跡として認定されないのだ。治る前と後が医師によって証明されること、何よりも信仰がないと奇跡として認定されない。こうして、今や、毎年、10万人もの病者がこの地に巡礼に来るという大巡礼地になった。なにを隠そう、筆者もなかなか子供に恵まれなかったが、ルルド巡礼後、結婚して10年目、49歳にして息子を授かったのは、ルルドの聖母のお陰と信じている。ルルドでは、無料で、蛇口から聖水を自由に飲めるし、聖水の風呂に無料で入れる。ここでは、すべて無料なのだ。ボランティアの人達が巡礼者を助けているからである。興味のある読者はルルドを目指すといい。時々、 パリ日本人カトリックセンター で、日本に長くいたことのある日本語をしゃべるフランス人司祭を伴って、ルルド巡礼が企画されるので、たまに上記URLを訪問されよ。安い費用で、司祭の案内により、ルルドや、ベルナデッタの貧しい生家や遊んだ牧草地を見学できる。何より、ルルドで日本語のミサを受けられるのが良い。ツアーが予約するホテルは、徒歩でルルドに行けるところにあって、朝、昼、晩と3食をホテルで食べることができ、またすぐそこのルルドでお祈りができる至れりつくせりのツアーである。特に感銘を受けるのは、夜中、ろうそくを持って、祈りながら、聖歌を歌いながら、ルルドの泉、聖堂を回る巡礼である(下の写真)。




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